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オフセット印刷
印刷(いんさつ)とは、インキにより、紙などの媒体に文字や絵、写真などの画像を再現することを指し、印刷された物を印刷物といいます。
現代では二次元の媒体に限らず、車体など三次元の曲面に直接印刷する技術も多数開発されています。
印刷がカバーする範囲は極めて広く、気体以外の全ての物体に対して可能であるとされています(液体にすら印刷が可能)。
現在の印刷方式は平版、凸版、凹版、孔版、無版の5種類に分かれ、オフセット印刷は平版印刷に属します。
私達が日頃眼にする、書籍、新聞、ポスター、マンガ、カレンダー等は平版のオフセット方式で印刷されており、5種類の印刷方式の中で、一番広範囲に使用されている印刷技術です。
オフセット印刷は、印刷技術のひとつで、実際に印刷イメージが作られている版と紙が直接触れないのが特徴です。
版に付けられたインキを、一度ゴムブランケットなどの中間転写体に転写(offset)した後、紙などの被印刷体に印刷するため、オフセット印刷と呼ばれます。
オフセット印刷の大半が平版(へいはん)を用いて行われているため、オフセットと言えば平版オフセット印刷のことを指すようになりました。
平版とは印刷の版式の一つで、版の撥水性を利用した印刷方法です。
版材に石を用いる石版印刷が平版の最初ですが、現在ではアルミに感光剤を塗布したPS版(Pre-Sensitized Plate)が主流となっています。
イメージを作る前の原版(PS版)は、親水性の支持体を、親油(撥水)性の感光層で覆ったものとなります。
この上に、版下から製版したフィルムを載せ、フォトリソグラフィにより、非画線部の親油層を除去します。
この原版を胴に設置し、湿し水(しめしみず)を付けると、親油層の除去された部分にのみ水が乗ります。
続いてインキを付けるのですが、非画線部には水があるためインキが乗らず、画線部にのみインキが付着した状態になります。
このインキを、原版からブランケットと呼ばれるゴム筒に一旦移した後、改めて紙に転写します。
非常に鮮明な印刷が可能で、版が直接紙に触れないことから胴の磨耗が少なく、大量印刷にも適しています。
輪転機を使用すれば短時間で大量の印刷が可能になります。
紙に施す印刷技術としては、立体感が劣る、設備投資にかかる費用が高いといった点以外はほとんど欠点らしい欠点が無く、オフセット印刷用の用紙の発達もあり、現在世界中で供給される商業印刷機の多くをオフセット機が占めています。
一方で、湿し水には、揮発性有機化合物が使用されていることが多く、環境問題が指摘されることも多いのも事実です。
そのため、近年では、水の替わりにシリコンを代用する「水なし印刷方式」が開発され、徐々にシェアを伸ばしています。
なお、刷版に凸版を用いる「ドライオフセット印刷」は、平版を用いる「水なし印刷」とは別物である 製版にPS版でなく、ピンクマスターと呼ばれる紙版を使う印刷形式を「軽オフセット印刷」略して「軽オフ」と呼びます。
網点がつぶれやすく、写真を含む精密な印刷には不向きですが、製版コストが安く、手軽なところがメリットであり、小ロットで短納期の、いわゆる軽印刷の代表的な印刷技術となっています。 印刷(いんさつ)とは、インキにより、紙などの媒体に文字や絵、写真などの画像を再現することを指し、印刷された物を印刷物といいます。
現代では二次元の媒体に限らず、車体など三次元の曲面に直接印刷する技術も多数開発されています。
印刷がカバーする範囲は極めて広く、気体以外の全ての物体に対して可能であるとされています(液体にすら印刷が可能)。
★ 印刷の概念
木版の場合は、版の上に紙をのせて、紙の裏からこすって印刷をしますが、他の印刷法では機械を使います。
この機械を印刷機といい、紙を版に強く押し付けることを第一の仕事とします。
強く押し付ける作業をプレスpressということから、印刷機のことをプレスともいい、また印刷とか出版、新聞やジャーナリズムのことをもプレスというようになりました。
プレスするには頑丈な機械が必要なので、圧力を使わない印刷法も考えられました。
電子的な力を借りる無圧印刷や、その一種で同様に電子の力を借りてインキを細かい粒にして紙に飛ばすインキジェット印刷、印刷するたびにインキを供給するオン・デマンド印刷などがそれであり、印刷速度が速いのが特長です。
これらは特殊なインキを必要とするため、一般には適切な圧力をかけて印刷する方法が利用されています。
このように「版」のない印刷法のほか、古くからの技術である写真も、同じ画像を多数つくることにおいては印刷と似ています。
写真によってつくるものはカラーフィルムやカラープリントであり、フィルムや印画紙など画像を現す最終の材料に仕掛けがしてあり、印刷で使用するような「版」はありません。
またその工程は、光によって変化する材料、すなわち感光材料を使っていることが、印刷と大いに異なっています。
しかし、1950年ごろから途中の手段にかかわらず、遠方に送って新しく画像の形につくり直す技術を総称して印写工学とよぶようになりました。
印刷も印写工学の一つであり、有力で、しかもきわめて古くから行われている手段であるといえるでしょう。
このように印刷の仕事は、最初に原稿(文字でも絵でも写真でも)があって、これと同じものをなるべく多数、しかも安く速く、品質のよいものを作るというとこです。
多数こ作り大勢の人に見てもらうのであるから、印刷の持つ影響力は大きいものです。
また、筆書きのものに比べて整った活字で印刷されたものは信頼性があります。
上等の紙に刷られたものは半永久的に保存することができるから、記録する方法としても優れています。
印刷はすべての芸術を保存する芸術といわれているのは、以上のような特長をもつからです。
したがって本来の印刷の定義は、原稿から版をつくり、これに印刷インキをつけて紙に押し付けて同じ模様(文字を含めて)を多数つくること、すなわち複製するということであるが、紙以外の物質にインキを移すこともできるようになったので、印刷物の範囲は非常に広くなりました。
またコンピュータでは文字や画像をプリンターを用いて紙に出力して可視性をよくするが、この出力も便宜上印刷ということがあり、印刷の概念が広がりました。
★印刷の歴史
古くは紀元前バビロニアで押圧印刷(瓦書)から始まったといわれています。
東アジアでは、2世紀ごろ中国で紙が発明され、7世紀ごろには木版印刷が行なわれていたといわれ、また11世紀には陶器による活字を使った印刷が行なわれていました。
金属活字による印刷は13〜14世紀の朝鮮(高麗)にあらわれています。
現存する印刷物で、製作年代がはっきりと判明している世界最古のものとして、日本の百万塔陀羅尼があります。
ヨーロッパでは、1450年頃のヨハン・グーテンベルクによる金属活字を用いた活版印刷技術の発明で、印刷が急速に広まりました。
グーテンベルクの発明から1500年以前までに印刷された書物はインキュナブラ(揺籃期本、初期刊本)と呼ばれ、どれも貴重書であるため莫大な古書価がつくこともままあります。
当時の印刷物は、聖書をはじめとする宗教書が半数近くを占めており、活版印刷による聖書の普及は、マルティン・ルターらによる宗教改革につながっていきます。
その後、欧米においては長らく活版による文字、凹版による絵画、挿絵の印刷が行われていました。
1798年にドイツのセネフェルダーが石版印刷(リトグラフ)を発明。
これが平版印刷の始めとなります。
現在主流となっている平版オフセット印刷は、1904年にアメリカのルーベルが発明したといわれているが、それ以前にイギリスではブリキ印刷の分野で使用されていました。
ルーベルの発明は紙への平版オフセット印刷です。
日本では、「百万塔陀羅尼」が作成されて以降二百数十年間、印刷物が出されることはなかったが、平安中期になって、摺経供養がさかんに行われるようになりました。
これが、奈良を中心とする寺院の間に、出版事業を興させるようになります。
興福寺などで開版した印刷物を春日版と呼びます。
鎌倉時代には高野山金剛峰寺でも出版を行うようになりました。
これは高野版と呼ばれます。
13世紀ころからは、宋へ留学した僧がもたらした宋刊版の影響を受け、京都で五山版が出ます。
桃山時代になると、宣教師に日本語を学ばせるため、初めて活字による印刷(キリシタン版)が行われます。
近世以前は金属活字を用いたキリシタン版や駿河版といった例外を除き、木版印刷が中心でした。
江戸時代初期から中期にかけて、美麗な嵯峨本をはじめ、庶民の読み物である赤本や黄表紙など、一気に出版文化が花開くことになります。
これらには、木活字もしくは木版を用いた整版が使われました。
木版以外では、1783年に司馬江漢が腐食による彫刻銅版画を製作しています。
1856年には長崎奉行所内で活版による近代洋式印刷が始まります。
明治時代に入り、1870年には本木昌造が長崎に新町活版所を創立、これが日本における民間初の洋式活版の企業化です。
1888年には合田清が木口木版(西洋木版)を日本に初めて紹介しました。
なお、日本初の印刷専門誌『印刷雑誌』の創刊号(1891年)の表紙には、合田清の木口木版画が使われています。
★印刷の歴史年表
<紀元前>
4000ごろ(バビロニア)押圧印刷(瓦書)始まる。
3000ごろ(エジプト)水草パピルスの茎を加工して書写の材料にする
2000ごろ(エジプト)現存する世界最古のパピルス文書「パピルス・プリス」完成
1200ごろ(フェニキア)アルファベット作成
220 (西部アジア)パーチメント(羊皮紙)ができる
<紀元>
105ごろ(中国)蔡倫が樹皮、麻くず、古魚網などの繊維から紙をつくる
285 日本に漢字と墨の製法と紙が伝わる
610 中国の製紙法伝わる
7世紀~8世紀初(中国)木版印刷始まる
770 「百万塔陀羅尼」印刷
868 (中国)「金剛般若波羅密教」印刷、現存最古の印刷書籍
960~1279 (中国)宋時代、木版印刷と出版が盛んになる一般には使用されず
1195 「成唯識論述記」(春日版)の版木つくられる
1314 (中国)王禎が「農書」22巻を木活字により刊行、巻末に木活字の製法、
文選、植字、印刷工程について記す
1403 (朝鮮)太宗官立の銅活字鋳造所設立
1430 (ドイツ)初めての銅板彫刻
1440ごろ (オランダ)コスター、木活字を試作1445ごろ (ドイツ)グーテンベルグが活版印刷術を発明1455~56(ドイツ)教皇の命によりグーテンベルグが「免罪符」を初めて印刷
1457 (ドイツ)初の3色刷り
1460ごろ(イタリア)フィニゲラが彫刻凹版印刷の技法を考案
15世紀~(イタリア)マヌティウス、約20年間に120点の本を刊行する。錨に
16世紀初 イルカのマークは著名
1513 (ドイツ)グラーフがエッチング(腐食凹版)を工夫
1536 (イタリア)最初の活版刷り新聞「ガゼッタ」ヴェネツィアで発刊
1590 (日本)バリニャーニが西洋活字と印刷機を携えて来日
1607 (日本)徳川家康の命で林道春が「大蔵一覧集」11巻刊行、銅活字に
よる駿河版
1608 角倉素庵、本阿弥光悦ら「伊勢物語」などを木活字で刊行、嵯峨本、
光悦本の名
1642 (ドイツ)ジーゲンがメゾチント凹版法を発明
1665 (イタリア)ボルタ、携帯用暗箱を発明、写真の始まり
1765 浮世絵画家鈴木春信、版木師と協力し多色版画を完成「錦絵」のおこり
1768ごろ(フランス)ジャン・バプチストがアクアチント凹版法を発明
1783 (日本)司馬江漢、オランダ人から腐食による彫刻銅版法を習い、銅版
画制作
1798 (ドイツ)セネフィルダーが石版印刷術を発明
(イギリス)スタンホープ伯が総鉄製印刷機制作、印刷能力毎時250~300
枚印刷可能へ
1802 (イギリス)ウエッジウッドが、感光紙で塩化銀に写真をうつす方法を開発
1808 (アメリカ)パーキンスが銅凹版法を完成
(ドイツ)初の石版多色印刷
1812 (ドイツ)ケーニッヒとバウアーが蒸気動力による円圧式印刷機を完成、
印刷の力毎時1100枚可能へ
1813 (フランス)ニエプスが石版石にアスファルトを塗り、写真版をつくる
1824 (フランス)ニエプスとダゲール、写真凸版開発
1837 (フランス)ダーゲルがダゲレオタイプ発明、写真術の祖
1837~1845 英・独・仏3国でこの時代、手漉き工業の多くが機械漉き製紙業に
転換
1839 (イギリス)ポントン、重クロム酸アルカリ液の感光性を発見
1846 (アメリカ)ホー、輪転印刷機制作-印刷能力毎時8000枚可能へ
1848 長崎通詞本木昌造、オランダから活字と活字印刷機購入
1852 (イギリス)タルポット、重クロム酸ゼラチンで写真凹版制作
1853 (フランス)ニエプス(上記ニエプスの甥)、カラー写真考案
1854 (フランス)ポアトパンがコロタイプとカーボン印画法を発明
1867 (アメリカ)タイプライター実用化
1869 (フランス)オーウロン、3色写真法の原理を確立
1870 (日本)本木昌造、長崎新街に活版製造所創設、日本初の民間活版業・最
初の洋式活版刷り日刊紙「横浜新聞」創刊
1875 (日本)イタリア人キヨソネ来日、日本印刷界に貢献
1879 (チェコ)クリッチュがグラビア印刷法を考案、1909製作
1882 (ドイツ)マイゼンバッハ、2枚合わせの交差線スクリーン完成
1885 (アメリカ)アイブスが網写真版と3色版製作
(アメリカ)マーゲンタイター、自動鋳造植字機「ライノタイプ」発明
1886 (アメリカ)レビー兄弟、網目スクリーンの試作に成功
1887 (アメリカ)ランストン、モノタイプ鋳植機を考案、89年に試作機実演
1891 (日本)東京朝日新聞が日本初の輪転印刷を開始
1893 (チェコ)クリッチュが輪転式グラビアを完成
(ドイツ)ストレッカーが亜鉛平版印刷法を開発
1894 (アメリカ)アルミ平版法発明される
1896 (日本)小川一真、わが国初の3色版印刷物製作
1904 (アメリカ)ルーベルがオフセット印刷機試作
1907 (イギリス)ベーンが原稿から直接金属版面に撮影・製版する方法を考案
1920 (日本)杉本京太、和文タイプライターを発明
1922 (ドイツ)マイゼンバッハ、網凸版製版法オートチピーを完成・ウルマン、
カメラによる写真平版製版法を考案
1924 (イギリス)プライスが乾式平版法を考案
(スイス)テボウ、多色グラビア製版法考案
(日本)石井茂吉、森沢信夫、写真植字機を発明
1929 写真植字を実用化
1933 (日本)箱木一郎、曲面印刷機発明
1935 (アメリカ)多層カラーフィルム発明
(日本)小学校教科書、初の多色印刷
1953 (日本)アニリン(フレキソ)印刷機輸入、プラスチックへの印刷
が可能に
1958 (日本)日本初のシャドウマスク試作
1959 (日本)ファクシミリによる新聞の電送開始
1960 (日本)印刷製版にコンピュータ導入
1965 印刷校正記号がJIS化される
1967 写植による新聞が発表される
1969 (日本)コンピュータによる全自動写真植字システム完成
1977 カラーコントロール可能なスキャナが完成
1979 (イスラエル)サイテックス社がコンピュータによる製版処理装置、
レスポンスシステム発表
1984 (アメリカ)アップル社からMacintoshが登場し、アメリカでは爆発
的な DTPブームを起こす
(アメリカ)アドビシステムズ社が、PostScript(ポストスクリプト)
言語を開発する
1985 ライノタイプ社がポストスクリプトイメージセッターを発表コンピュータで
作成したものが、印画紙・フィルム出力が可能になる
1989 (日本)イメージセッター日本語版が発売
1992 (日本)印刷業界にアップル社のMacintosh導入が進む
印刷業界で電子化・デジタル化が進む
1995 インターネットブームが始まる
1996 (日本)DTPブームが始まる
電話回線デジタル化(ISDN)が進む
1997 CD-ROM化が進む
1998 オンデマンド(パソコンで作成した物が、中間行程を省略し、直接印刷され
て出てくる印刷機)により、少部数カラー印刷が
低コストで作成できるようになる。
↓
2001 オンデマンド化が進み、一方電話回線通信速度も加速してくる
★オフセット印刷の歴史
1904年、アメリカのルーベルIra Washington Rubel(1846―1908)は偶然のことから、平版印刷機にゴム布を巻き付けた円筒を追加しオフセット印刷すると、きれいな印刷物を得ることを発見し特許をとりました。
ゴム布を中間物として印刷するため、粗面の紙にもよく印刷できること、金属板(ブリキ板)にもよく印刷できること、大判の紙にもカラー印刷が経済的にできることなどの理由から、広く利用されるようになりました。
特に第二次世界大戦後、カラー印刷の需要が増えて以来、ほかの方法、つまり原色版は製版代が高く印刷速度が遅いこと、グラビアは製版工程が複雑で印刷設備が大掛りであることなどの理由があって、オフセット印刷が大いに利用されるようになりました。
カラーインキも進歩し、鮮やかな4色のカラー印刷が容易にできるようになり、色刷りといえばオフセットというほど盛んになっていきました。
また、文字印刷の主流であった活版は、鉛活字を使うこと、版の重量が重いこと、印刷速度が遅いことなどの欠点があったので、1960年ごろから写真植字や電算植字が多用されるようになりました。
写真植字、電算植字は平版としてオフセット印刷すると効果がよいので、パンフレット、カタログ、文庫本や書籍などもオフセット印刷が多くなりました。
一方、簡易な印刷、軽印刷も大部分オフセットを利用し、かつて活版が主流であった新聞も1980年代以降大部分オフセット化されています。
★主要印刷機械メーカー
ハイデルベルグ・ジャパン
三菱重工業
リョービ
小森コーポレーション
東京機械製作所
篠原鐵工所
ハマダ印刷機械
桜井グラフィックシステムズ
ミヤコシ
太陽機械製作所
浮田工業
ミューラー・マルティニ
アキヤマインターナショナル
コモリシャンポン
マイクロ・テック ゴスジャパン
ニューロング精密工業
現代では二次元の媒体に限らず、車体など三次元の曲面に直接印刷する技術も多数開発されています。
印刷がカバーする範囲は極めて広く、気体以外の全ての物体に対して可能であるとされています(液体にすら印刷が可能)。
現在の印刷方式は平版、凸版、凹版、孔版、無版の5種類に分かれ、オフセット印刷は平版印刷に属します。
私達が日頃眼にする、書籍、新聞、ポスター、マンガ、カレンダー等は平版のオフセット方式で印刷されており、5種類の印刷方式の中で、一番広範囲に使用されている印刷技術です。
オフセット印刷は、印刷技術のひとつで、実際に印刷イメージが作られている版と紙が直接触れないのが特徴です。
版に付けられたインキを、一度ゴムブランケットなどの中間転写体に転写(offset)した後、紙などの被印刷体に印刷するため、オフセット印刷と呼ばれます。
オフセット印刷の大半が平版(へいはん)を用いて行われているため、オフセットと言えば平版オフセット印刷のことを指すようになりました。
平版とは印刷の版式の一つで、版の撥水性を利用した印刷方法です。
版材に石を用いる石版印刷が平版の最初ですが、現在ではアルミに感光剤を塗布したPS版(Pre-Sensitized Plate)が主流となっています。
イメージを作る前の原版(PS版)は、親水性の支持体を、親油(撥水)性の感光層で覆ったものとなります。
この上に、版下から製版したフィルムを載せ、フォトリソグラフィにより、非画線部の親油層を除去します。
この原版を胴に設置し、湿し水(しめしみず)を付けると、親油層の除去された部分にのみ水が乗ります。
続いてインキを付けるのですが、非画線部には水があるためインキが乗らず、画線部にのみインキが付着した状態になります。
このインキを、原版からブランケットと呼ばれるゴム筒に一旦移した後、改めて紙に転写します。
非常に鮮明な印刷が可能で、版が直接紙に触れないことから胴の磨耗が少なく、大量印刷にも適しています。
輪転機を使用すれば短時間で大量の印刷が可能になります。
紙に施す印刷技術としては、立体感が劣る、設備投資にかかる費用が高いといった点以外はほとんど欠点らしい欠点が無く、オフセット印刷用の用紙の発達もあり、現在世界中で供給される商業印刷機の多くをオフセット機が占めています。
一方で、湿し水には、揮発性有機化合物が使用されていることが多く、環境問題が指摘されることも多いのも事実です。
そのため、近年では、水の替わりにシリコンを代用する「水なし印刷方式」が開発され、徐々にシェアを伸ばしています。
なお、刷版に凸版を用いる「ドライオフセット印刷」は、平版を用いる「水なし印刷」とは別物である 製版にPS版でなく、ピンクマスターと呼ばれる紙版を使う印刷形式を「軽オフセット印刷」略して「軽オフ」と呼びます。
網点がつぶれやすく、写真を含む精密な印刷には不向きですが、製版コストが安く、手軽なところがメリットであり、小ロットで短納期の、いわゆる軽印刷の代表的な印刷技術となっています。 印刷(いんさつ)とは、インキにより、紙などの媒体に文字や絵、写真などの画像を再現することを指し、印刷された物を印刷物といいます。
現代では二次元の媒体に限らず、車体など三次元の曲面に直接印刷する技術も多数開発されています。
印刷がカバーする範囲は極めて広く、気体以外の全ての物体に対して可能であるとされています(液体にすら印刷が可能)。
★ 印刷の概念
木版の場合は、版の上に紙をのせて、紙の裏からこすって印刷をしますが、他の印刷法では機械を使います。
この機械を印刷機といい、紙を版に強く押し付けることを第一の仕事とします。
強く押し付ける作業をプレスpressということから、印刷機のことをプレスともいい、また印刷とか出版、新聞やジャーナリズムのことをもプレスというようになりました。
プレスするには頑丈な機械が必要なので、圧力を使わない印刷法も考えられました。
電子的な力を借りる無圧印刷や、その一種で同様に電子の力を借りてインキを細かい粒にして紙に飛ばすインキジェット印刷、印刷するたびにインキを供給するオン・デマンド印刷などがそれであり、印刷速度が速いのが特長です。
これらは特殊なインキを必要とするため、一般には適切な圧力をかけて印刷する方法が利用されています。
このように「版」のない印刷法のほか、古くからの技術である写真も、同じ画像を多数つくることにおいては印刷と似ています。
写真によってつくるものはカラーフィルムやカラープリントであり、フィルムや印画紙など画像を現す最終の材料に仕掛けがしてあり、印刷で使用するような「版」はありません。
またその工程は、光によって変化する材料、すなわち感光材料を使っていることが、印刷と大いに異なっています。
しかし、1950年ごろから途中の手段にかかわらず、遠方に送って新しく画像の形につくり直す技術を総称して印写工学とよぶようになりました。
印刷も印写工学の一つであり、有力で、しかもきわめて古くから行われている手段であるといえるでしょう。
このように印刷の仕事は、最初に原稿(文字でも絵でも写真でも)があって、これと同じものをなるべく多数、しかも安く速く、品質のよいものを作るというとこです。
多数こ作り大勢の人に見てもらうのであるから、印刷の持つ影響力は大きいものです。
また、筆書きのものに比べて整った活字で印刷されたものは信頼性があります。
上等の紙に刷られたものは半永久的に保存することができるから、記録する方法としても優れています。
印刷はすべての芸術を保存する芸術といわれているのは、以上のような特長をもつからです。
したがって本来の印刷の定義は、原稿から版をつくり、これに印刷インキをつけて紙に押し付けて同じ模様(文字を含めて)を多数つくること、すなわち複製するということであるが、紙以外の物質にインキを移すこともできるようになったので、印刷物の範囲は非常に広くなりました。
またコンピュータでは文字や画像をプリンターを用いて紙に出力して可視性をよくするが、この出力も便宜上印刷ということがあり、印刷の概念が広がりました。
★印刷の歴史
古くは紀元前バビロニアで押圧印刷(瓦書)から始まったといわれています。
東アジアでは、2世紀ごろ中国で紙が発明され、7世紀ごろには木版印刷が行なわれていたといわれ、また11世紀には陶器による活字を使った印刷が行なわれていました。
金属活字による印刷は13〜14世紀の朝鮮(高麗)にあらわれています。
現存する印刷物で、製作年代がはっきりと判明している世界最古のものとして、日本の百万塔陀羅尼があります。
ヨーロッパでは、1450年頃のヨハン・グーテンベルクによる金属活字を用いた活版印刷技術の発明で、印刷が急速に広まりました。
グーテンベルクの発明から1500年以前までに印刷された書物はインキュナブラ(揺籃期本、初期刊本)と呼ばれ、どれも貴重書であるため莫大な古書価がつくこともままあります。
当時の印刷物は、聖書をはじめとする宗教書が半数近くを占めており、活版印刷による聖書の普及は、マルティン・ルターらによる宗教改革につながっていきます。
その後、欧米においては長らく活版による文字、凹版による絵画、挿絵の印刷が行われていました。
1798年にドイツのセネフェルダーが石版印刷(リトグラフ)を発明。
これが平版印刷の始めとなります。
現在主流となっている平版オフセット印刷は、1904年にアメリカのルーベルが発明したといわれているが、それ以前にイギリスではブリキ印刷の分野で使用されていました。
ルーベルの発明は紙への平版オフセット印刷です。
日本では、「百万塔陀羅尼」が作成されて以降二百数十年間、印刷物が出されることはなかったが、平安中期になって、摺経供養がさかんに行われるようになりました。
これが、奈良を中心とする寺院の間に、出版事業を興させるようになります。
興福寺などで開版した印刷物を春日版と呼びます。
鎌倉時代には高野山金剛峰寺でも出版を行うようになりました。
これは高野版と呼ばれます。
13世紀ころからは、宋へ留学した僧がもたらした宋刊版の影響を受け、京都で五山版が出ます。
桃山時代になると、宣教師に日本語を学ばせるため、初めて活字による印刷(キリシタン版)が行われます。
近世以前は金属活字を用いたキリシタン版や駿河版といった例外を除き、木版印刷が中心でした。
江戸時代初期から中期にかけて、美麗な嵯峨本をはじめ、庶民の読み物である赤本や黄表紙など、一気に出版文化が花開くことになります。
これらには、木活字もしくは木版を用いた整版が使われました。
木版以外では、1783年に司馬江漢が腐食による彫刻銅版画を製作しています。
1856年には長崎奉行所内で活版による近代洋式印刷が始まります。
明治時代に入り、1870年には本木昌造が長崎に新町活版所を創立、これが日本における民間初の洋式活版の企業化です。
1888年には合田清が木口木版(西洋木版)を日本に初めて紹介しました。
なお、日本初の印刷専門誌『印刷雑誌』の創刊号(1891年)の表紙には、合田清の木口木版画が使われています。
★印刷の歴史年表
<紀元前>
4000ごろ(バビロニア)押圧印刷(瓦書)始まる。
3000ごろ(エジプト)水草パピルスの茎を加工して書写の材料にする
2000ごろ(エジプト)現存する世界最古のパピルス文書「パピルス・プリス」完成
1200ごろ(フェニキア)アルファベット作成
220 (西部アジア)パーチメント(羊皮紙)ができる
<紀元>
105ごろ(中国)蔡倫が樹皮、麻くず、古魚網などの繊維から紙をつくる
285 日本に漢字と墨の製法と紙が伝わる
610 中国の製紙法伝わる
7世紀~8世紀初(中国)木版印刷始まる
770 「百万塔陀羅尼」印刷
868 (中国)「金剛般若波羅密教」印刷、現存最古の印刷書籍
960~1279 (中国)宋時代、木版印刷と出版が盛んになる一般には使用されず
1195 「成唯識論述記」(春日版)の版木つくられる
1314 (中国)王禎が「農書」22巻を木活字により刊行、巻末に木活字の製法、
文選、植字、印刷工程について記す
1403 (朝鮮)太宗官立の銅活字鋳造所設立
1430 (ドイツ)初めての銅板彫刻
1440ごろ (オランダ)コスター、木活字を試作1445ごろ (ドイツ)グーテンベルグが活版印刷術を発明1455~56(ドイツ)教皇の命によりグーテンベルグが「免罪符」を初めて印刷
1457 (ドイツ)初の3色刷り
1460ごろ(イタリア)フィニゲラが彫刻凹版印刷の技法を考案
15世紀~(イタリア)マヌティウス、約20年間に120点の本を刊行する。錨に
16世紀初 イルカのマークは著名
1513 (ドイツ)グラーフがエッチング(腐食凹版)を工夫
1536 (イタリア)最初の活版刷り新聞「ガゼッタ」ヴェネツィアで発刊
1590 (日本)バリニャーニが西洋活字と印刷機を携えて来日
1607 (日本)徳川家康の命で林道春が「大蔵一覧集」11巻刊行、銅活字に
よる駿河版
1608 角倉素庵、本阿弥光悦ら「伊勢物語」などを木活字で刊行、嵯峨本、
光悦本の名
1642 (ドイツ)ジーゲンがメゾチント凹版法を発明
1665 (イタリア)ボルタ、携帯用暗箱を発明、写真の始まり
1765 浮世絵画家鈴木春信、版木師と協力し多色版画を完成「錦絵」のおこり
1768ごろ(フランス)ジャン・バプチストがアクアチント凹版法を発明
1783 (日本)司馬江漢、オランダ人から腐食による彫刻銅版法を習い、銅版
画制作
1798 (ドイツ)セネフィルダーが石版印刷術を発明
(イギリス)スタンホープ伯が総鉄製印刷機制作、印刷能力毎時250~300
枚印刷可能へ
1802 (イギリス)ウエッジウッドが、感光紙で塩化銀に写真をうつす方法を開発
1808 (アメリカ)パーキンスが銅凹版法を完成
(ドイツ)初の石版多色印刷
1812 (ドイツ)ケーニッヒとバウアーが蒸気動力による円圧式印刷機を完成、
印刷の力毎時1100枚可能へ
1813 (フランス)ニエプスが石版石にアスファルトを塗り、写真版をつくる
1824 (フランス)ニエプスとダゲール、写真凸版開発
1837 (フランス)ダーゲルがダゲレオタイプ発明、写真術の祖
1837~1845 英・独・仏3国でこの時代、手漉き工業の多くが機械漉き製紙業に
転換
1839 (イギリス)ポントン、重クロム酸アルカリ液の感光性を発見
1846 (アメリカ)ホー、輪転印刷機制作-印刷能力毎時8000枚可能へ
1848 長崎通詞本木昌造、オランダから活字と活字印刷機購入
1852 (イギリス)タルポット、重クロム酸ゼラチンで写真凹版制作
1853 (フランス)ニエプス(上記ニエプスの甥)、カラー写真考案
1854 (フランス)ポアトパンがコロタイプとカーボン印画法を発明
1867 (アメリカ)タイプライター実用化
1869 (フランス)オーウロン、3色写真法の原理を確立
1870 (日本)本木昌造、長崎新街に活版製造所創設、日本初の民間活版業・最
初の洋式活版刷り日刊紙「横浜新聞」創刊
1875 (日本)イタリア人キヨソネ来日、日本印刷界に貢献
1879 (チェコ)クリッチュがグラビア印刷法を考案、1909製作
1882 (ドイツ)マイゼンバッハ、2枚合わせの交差線スクリーン完成
1885 (アメリカ)アイブスが網写真版と3色版製作
(アメリカ)マーゲンタイター、自動鋳造植字機「ライノタイプ」発明
1886 (アメリカ)レビー兄弟、網目スクリーンの試作に成功
1887 (アメリカ)ランストン、モノタイプ鋳植機を考案、89年に試作機実演
1891 (日本)東京朝日新聞が日本初の輪転印刷を開始
1893 (チェコ)クリッチュが輪転式グラビアを完成
(ドイツ)ストレッカーが亜鉛平版印刷法を開発
1894 (アメリカ)アルミ平版法発明される
1896 (日本)小川一真、わが国初の3色版印刷物製作
1904 (アメリカ)ルーベルがオフセット印刷機試作
1907 (イギリス)ベーンが原稿から直接金属版面に撮影・製版する方法を考案
1920 (日本)杉本京太、和文タイプライターを発明
1922 (ドイツ)マイゼンバッハ、網凸版製版法オートチピーを完成・ウルマン、
カメラによる写真平版製版法を考案
1924 (イギリス)プライスが乾式平版法を考案
(スイス)テボウ、多色グラビア製版法考案
(日本)石井茂吉、森沢信夫、写真植字機を発明
1929 写真植字を実用化
1933 (日本)箱木一郎、曲面印刷機発明
1935 (アメリカ)多層カラーフィルム発明
(日本)小学校教科書、初の多色印刷
1953 (日本)アニリン(フレキソ)印刷機輸入、プラスチックへの印刷
が可能に
1958 (日本)日本初のシャドウマスク試作
1959 (日本)ファクシミリによる新聞の電送開始
1960 (日本)印刷製版にコンピュータ導入
1965 印刷校正記号がJIS化される
1967 写植による新聞が発表される
1969 (日本)コンピュータによる全自動写真植字システム完成
1977 カラーコントロール可能なスキャナが完成
1979 (イスラエル)サイテックス社がコンピュータによる製版処理装置、
レスポンスシステム発表
1984 (アメリカ)アップル社からMacintoshが登場し、アメリカでは爆発
的な DTPブームを起こす
(アメリカ)アドビシステムズ社が、PostScript(ポストスクリプト)
言語を開発する
1985 ライノタイプ社がポストスクリプトイメージセッターを発表コンピュータで
作成したものが、印画紙・フィルム出力が可能になる
1989 (日本)イメージセッター日本語版が発売
1992 (日本)印刷業界にアップル社のMacintosh導入が進む
印刷業界で電子化・デジタル化が進む
1995 インターネットブームが始まる
1996 (日本)DTPブームが始まる
電話回線デジタル化(ISDN)が進む
1997 CD-ROM化が進む
1998 オンデマンド(パソコンで作成した物が、中間行程を省略し、直接印刷され
て出てくる印刷機)により、少部数カラー印刷が
低コストで作成できるようになる。
↓
2001 オンデマンド化が進み、一方電話回線通信速度も加速してくる
★オフセット印刷の歴史
1904年、アメリカのルーベルIra Washington Rubel(1846―1908)は偶然のことから、平版印刷機にゴム布を巻き付けた円筒を追加しオフセット印刷すると、きれいな印刷物を得ることを発見し特許をとりました。
ゴム布を中間物として印刷するため、粗面の紙にもよく印刷できること、金属板(ブリキ板)にもよく印刷できること、大判の紙にもカラー印刷が経済的にできることなどの理由から、広く利用されるようになりました。
特に第二次世界大戦後、カラー印刷の需要が増えて以来、ほかの方法、つまり原色版は製版代が高く印刷速度が遅いこと、グラビアは製版工程が複雑で印刷設備が大掛りであることなどの理由があって、オフセット印刷が大いに利用されるようになりました。
カラーインキも進歩し、鮮やかな4色のカラー印刷が容易にできるようになり、色刷りといえばオフセットというほど盛んになっていきました。
また、文字印刷の主流であった活版は、鉛活字を使うこと、版の重量が重いこと、印刷速度が遅いことなどの欠点があったので、1960年ごろから写真植字や電算植字が多用されるようになりました。
写真植字、電算植字は平版としてオフセット印刷すると効果がよいので、パンフレット、カタログ、文庫本や書籍などもオフセット印刷が多くなりました。
一方、簡易な印刷、軽印刷も大部分オフセットを利用し、かつて活版が主流であった新聞も1980年代以降大部分オフセット化されています。
★主要印刷機械メーカー
ハイデルベルグ・ジャパン
三菱重工業
リョービ
小森コーポレーション
東京機械製作所
篠原鐵工所
ハマダ印刷機械
桜井グラフィックシステムズ
ミヤコシ
太陽機械製作所
浮田工業
ミューラー・マルティニ
アキヤマインターナショナル
コモリシャンポン
マイクロ・テック ゴスジャパン
ニューロング精密工業